2010/01/16 13:30:08
経済危機には、この9つの顔しかないのでしょうか?内容紹介にもある通り竹森は本書の目論見を、?『失われた一〇年』のこと、そのときの政策の失敗や成功を振り返りながら、同時にわれわれの経験をもとにして、今後の世界経済の行方をも予想?(p7)しようとする一種の?オーラル・ヒストリー?としている。その語り部として、これも内容紹介にある通り隈研吾(建築家)、神谷秀樹(投資銀行家)、黒田東彦(元財務官僚)、溝口善兵衛(元財務官僚)、河北博文(MBAを持つ医療法人理事長)、藤本隆宏(経営学者)、ジェラルド・カーティス(政治学者)、中原伸之(元日銀政策委審議委員、元金融庁顧問)、竹中平蔵(小泉内閣の金融・財政政策等担当大臣)の9名が選ばれており、それが書名の由来でもある。
こういう本がまとめられることは有意義だろうし、私は興味深く読みもしたわけだが、その一方で、この本に期待すべきことではないだろうと知りつつも、物足りなく感じる部分もあった。それは話題が余りにも、?経済政策?の検証に偏りすぎている点だ。選ばれた語り部たちの顔ぶれからもそれは窺えるわけだが、?経済危機?がテーマである以上、それは当然のこと……なのだろうか? 例えば竹中との対話で竹森は、97年の山一・拓銀の破綻政策、98年の長銀処理のもたつきを?技術論?的に批判しているが(p396)、これは自社さ連立から自自公連立へと移行する、政治的な混迷期だった。それら諸々を抜きに純粋な経済政策評価に向うのは、やはり抽象論ではないか?
フランク・ナイトの教えを受けた中原がナヤン・チャンダを引用しつつ、人類社会を動かす要因として政治・軍事、経済...
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